はじめに-前歯が当たらない開咬
かみ合わせた時に上下の前歯や奥歯に隙間がある場合、これは「開咬(かいこう)」と呼ばれ、咬合異常の一つとされています。
本来、理想的なかみ合わせとは、前歯も奥歯も上下の歯が左右対称にしっかりと接触している状態です。
ところで、「8020運動」という「80歳になっても20本以上の自分の歯を保つ」という運動について聞いたことはありますか?当院のある静岡県菊川市でも、高齢者を対象にした「歯周病や口腔機能の衰え」に対する8020運動の取り組みが進められています。
特筆すべきは、開咬のある人の中で8020の達成者数が0%であるという事実です。これは、開咬を持つ人々が正常なかみ合わせを持つ人々と比較して、奥歯への負担が大きいため、将来的に歯を失うリスクが高いと考えられます。
今回は、この開咬について、その原因と対策をまとめてみました。前歯がかみ合わない、または上下の歯が当たらないというかみ合わせの問題でお悩みの方々にとって、この記事が役立つことを願っています。
目次▼
開咬の原因は?
開咬に関係する口腔習癖には、指しゃぶり、物しゃぶり(おしゃぶりやタオル)、爪をかむ、舌癖(ぜつへき)、唇をかむ等があります。これらの習慣が原因で、長期間にわたり上下の歯の間に何かを挟む行為を続けると、歯と歯の間に隙間が生じることがあります。
他にも、口呼吸や舌小帯の異常によって舌の位置が低くなり、舌が上下の歯の間に位置してしまうことで開咬が生じる場合があります。
他の原因としては、「あごの成長発達異常」、「上下歯列の形の異常」「内分泌異常」などが挙げられます。
開咬の原因-舌癖とはどのようなクセ?
舌癖とは、常に舌を上下の歯の間に押し付けるといった習慣のことを指します。開咬の原因としては、この舌癖が関係している場合がありますが、既に開咬がある人には、新たに舌を突き出す癖が現れやすくなり、これが症状の悪化につながることがあります。また、舌癖は他のクセに比べて目立たないため、見過ごされがちです。
本来、舌の先は上あごの前部、歯の裏側にある「スポット」と呼ばれる丸みを帯びた部分に触れています。そして舌全体は口蓋(こうがい)、すなわち上あごの天井のような形をした部分に沿っているのが普通です。この位置にあると、舌は上あごの成長のをサポートします。
しかし、舌癖がある場合、舌は本来あるべき位置よりも低くなりがちです。この不適切な位置により、舌が上下の前歯の間に常に押し出されている状態になると、舌を前に突き出す癖が形成されます。
一方で、舌が下あごに向かっていると、下あごの前歯が外に向かって広がり、結果的に下顎前突、つまり下の歯が上の歯よりも前に出る傾向が強まり、反対咬合を引き起こしやすくなります。
舌癖は3種類存在します
1. 舌突出癖(ぜつとっしゅつへき)
舌を必要のない方向や位置に無意識に動かす習慣です。特に上下前歯の間に舌を入れることが多いと、開咬の原因になることがあります。
2. 弄舌癖(ろうぜつへき)
歯と歯の隙間を舌で触ったり、舌で歯を動かして遊んだりする習慣のことです。舌を噛んだり吸ったりする行為も弄舌癖に含まれます。
3. 異常嚥下癖(いじょうえんげへき)-飲み込みの異常
正しい飲み込み動作は、飲み込み時に上下の歯が接触し、舌が歯列の後方に収まって行われますが、異常嚥下癖があると、飲み込むときに舌が前方に突出してしまい、上下の歯が正しく接触せず、舌が挟まれた状態での飲み込みが発生します。
正しい飲み込みと異常嚥下癖は筋肉の使い方に違いがあり、その結果、咬み合わせや歯並びに異常が起きやすくなります。
開咬は発音にも影響します
舌先を使う音、例えばサ行、タ行、ナ行などの発音時に、舌がうまく使えず、不明瞭な発音をしてしまうことがあります。これは開咬を持つ人に多く見られます。例えば、「さしすせそ」と発音しようとしたとき、「しゃしぃしゅしぇしょ」といった「th」の音に近い発音になる場合があります。これは舌先が前歯の間に挟まることで起こる発音の異常です。
開咬の治療法は?(子どもの矯正の場合)
小児の開咬に対する矯正治療について、当院の実際の症例を掲載しながらご説明します。
治療の第一歩としては、開咬の原因を特定することです。原因が手付かずで解決されないまま矯正治療を進めても後戻りをする恐れがあります。原因特定の一例として舌癖がある場合、「舌がなぜ下に位置しているのか」を詳しく分析します。
今回のケースでは、患者さんの上あごの口蓋部分に舌が収まるスペースが不足していると判明しました。そのため、バイオブロックという矯正装置を使用して上あごを広げ、舌を口蓋にスムーズに上げるために十分なスペースをつくり出しました。
しかし、ただ単に上あごを広げるだけでは不十分で、舌を上部に保つためには、適切な環境と舌の筋力が必要です。そこでマイオブレースというマウスピース型の装置を使用し、お口ポカンや口呼吸などの舌の正しい位置を妨げる習慣に対処しながら、舌の筋トレを促しました。治療開始から約1年後、開咬はほとんど解消された状態です。 (参照:下記の写真)
当院での開咬治療症例をいくつか掲載させていただきます。
開咬は一時的に解消しても、舌癖などが残っていると再発する恐れがあるため、正しいかみ合わせになった後でも、お口周りの筋肉のトレーニングは欠かさず行うことをお勧めしています。また、開咬の治療は、矯正治療の中でも難易度が高いため、小児期に行う場合は低年齢から開始することをお勧めします。
まとめ
1. 開咬は上下の歯をかみ合わせた時に前歯や奥歯のかみあわせ部分に隙間ができ、かみ合わない状態。
2. 開咬に関係する口腔習癖は、指しゃぶりや物しゃぶり(おしゃぶりやタオル)、爪をかむ、舌癖(ぜつへき)、唇をかむなどがある。
3. 舌癖とは上下の歯の間に舌を押し付けるようなクセの総称。
4. 舌癖には舌突出癖・弄舌癖・異常嚥下癖がある。
5. 小児期の開咬の矯正治療方法があるが年齢によって難易度が変わる。
この記事を書いた人
医療法人社団 統慧会 かわべ歯科 理事長 川邉滋次
参考文献
1. John Mew 著, 日本フェイシャルオーソトロピクス研究会 訳, 北總征男 監訳,The Cause and Cure of Malocclusion 不正咬合の原因と治療. 東京臨床出版株式会社, 128-129, 2017.
2. 公益社団法人 日本小児歯科学会. 小児歯科学専門用語集 第2版, 医歯薬出版株式会社, 2020.
3. 河合 聡.口腔習癖 見逃してはいけない小児期のサイン. 医歯薬出版株式会社, 20-46, 2019.
Komentáře