はじめに
歯周病は、歯周病菌により、歯ぐきに炎症を起こし、放置すると次第に歯を支える骨を破壊していく病気です。歯が揺れるまでは自覚症状が少ない慢性の感染症のため、気がつかないうちに進行し、歯が抜けてしまうこともあります。
そのため歯科医院での早期発見や早期治療、さらに歯周病菌が定着しないようにするためにも小児の頃からの予防歯科が大切です。
厚生労働省の歯科疾患実態調査では、高齢者になるほど歯周病の割合が高くなる傾向があります。よく「日本人の8割が歯周病」といわれていましたが、以前の調査の判断基準が甘く、少しでも異常があると歯周病と評価されていた時期もあったため8割という数字には疑問です。実際は平均で4割前後です。
歯周病はお口の中だけの症状にとどまらず、全身に及ぼす影響がある病気です。歯周病原因菌が血流を介して広がることで、循環器の病気や、間接リウマチ 、肺炎、早産、低体重児などのリスクが増加します。
特に歯周病と糖尿病の関係性が注目されており、糖尿病の方は歯周病の罹患率が高くなり、歯周病が糖尿病の進行を悪化させる可能性が指摘されています。つまり、両者の悪影響が相互に影響し合ってしまう状態です。
しかし、歯周治療によって糖尿病の血糖値コントロールが改善されることも報告されています。そこで、今回は「歯周病と糖尿病の深い関係」と「糖尿病の方は歯周治療が大切な理由」についてお伝えしていきます。
目次▼
糖尿病が歯周病を悪化させる理由
糖尿病は血糖値を正常に保つ「インスリン」の働きが悪くなり、血液中を流れる糖が増えてしまう病気です。
糖尿病は1型と2型があり、1型は日本人に多いインスリンの出る量が少ないことによって起こる、やせていても起こる糖尿病です。自己免疫が関与していると考えられます。
2型は食べ過ぎや運動不足、肥満が原因で、生活習慣や加齢が関連しています。さらに2型糖尿病はメタボリックシンドロームとも関連しています。その他の糖尿病としてステロイド薬の服用(ステロイド糖尿病)や妊娠中(妊娠糖尿病)にも同じような病態となることがあります。
症状としては、多尿、体重減少、疲れやすさ、のどの乾きなどの高血糖の症状、視力の低下や足の痺れなどの合併症があります。
糖尿病の歯科治療への影響として、「傷口が治りにくい」「外科手術後に細菌感染しやすい」「出血しやすい」ことが知られています。血糖値のコントロールが不十分な場合、歯肉の腫れや出血、歯の動きなどによって歯科治療がスムーズに進行しない場合があります。
そして歯周病への影響ですが、糖尿病の場合健康な方と比較して2.6倍歯周病になりやすいというデータもあります(日本人を対象とした研究ではないです)。糖尿病が歯周病を悪化させる理由として以下のことが挙げられます。
1. 血糖値が高くなる
糖尿病の方は血糖値が高くなると免疫力が低下し、感染症にかかりやすくなります。歯周病はお口の中の感染症のため、血糖値が高くなると歯周病が発症するリスクが高くなります。
2.血管の障害
糖尿病は体の血管に障害を引き起こします。血管の動脈硬化が進行し、血管の内部が損傷する、赤血球がつまりやすくなることで、歯肉の血管にも影響し歯周病の進行を早めてしまう原因となります。
3. お口の中の環境の変化
糖尿病の症状に「お口の渇き」があります。唾液の出る量が少なくなるのです。
唾液はお口の中の細菌を洗い流す、殺菌する働きがありますが、唾液の量が少ないとお口の中の細菌が繁殖しやすくなり、歯周病の発症や進行を早めてしまう場合があります。
さらに、唾液が減り唾液中の糖分が多くなると、組織の修復力が低下してしまうことから、血糖値のコントロールが上手くいっていない場合には、歯周病も悪化しやすくなります。
歯周病が糖尿病を悪化させる原因
歯周病は糖尿病に2.27倍なりやすいという報告があります(日本人を対象とした研究結果ではありません)。歯周病が糖尿病を悪化させる原因として以下のことが挙げられます。
1. 炎症
歯周病はお口の中の感染症であり、歯肉などの歯の周りの組織に炎症が起こります。
この炎症によって、糖尿病の方の血糖値が上がってしまうことがあります。また炎症によって糖尿病の方のインスリンの効果が低下することがあります。
2. 細菌の感染が血管から全身へ
歯周病により歯肉から出血があると、歯肉の血管から歯周病菌が入り込み全身に行き渡ってしまいます。血管に入った歯周病菌は体の免疫力で死滅しますが、歯周病菌の死骸の持つ毒素は残り、血糖値に悪影響を及ぼします。
3. 血管障害
歯周病は歯肉の感染によって、歯肉の血管障害を引き起こすことがあります。この血管障害は糖尿病の進行を進める原因となります。
4. ストレス
歯周病は時にストレスの原因になることがあります。例えば、歯がグラグラしていて食べ物を美味しく食べることができない等です。ストレスは血糖値を上昇させる恐れがあり、糖尿病を悪化させることがあります。
2型糖尿病の方は歯周治療が大切な理由
2型糖尿病は、インスリンの低下やインスリンの効果を弱くさせる原因として、生活習慣や加齢の影響が加わり発症します。多くの糖尿病患者さんはこの2型です。歯周病の治療によって血糖値のコントロール改善が期待できるのはこの2型糖尿病です。
糖尿病の治療法としては、「食事・運動療法」、「薬物療法(内服薬・注射)」に分けられます。
歯周病治療としては、歯周病の進行度によって異なりますが、お口の中のプラークを取り除くプラークコントロールが基本です。歯肉炎(歯周病初期)では歯の周りのプラークコントロールや歯石の除去が良いと考えられます。歯周病が進行した場合には歯周外科治療や歯周組織再生療法が必要になる場合もあります。
また、ゆっくり噛むことによって血糖値の急激な上昇を抑えることも可能なため、しっかり噛める入れ歯や被せ物等の歯科治療も必要です。合わない入れ歯等ではあまり噛まずに飲み込みがちになります。ただよく噛める義歯も、ついつい食べすぎてしまうリスクもあるため、その後の食事指導を受けることをおすすめします。
当院では、糖尿病の高血糖対策として、口腔ケアの指導だけでなく食生活のアドバイスも行っております。食後の血糖値を上げすぎないためにも、食事や食べ方、食べた後の口腔の管理など患者さん1人1人に合った多角的なアプローチをおこなっています。そのためにも医師や歯科医師だけでなく、管理栄養士や、薬剤師、看護師等の各専門家との連携も大切です。
糖尿病連携手帳を知っていますか?
糖尿病連携手帳は、糖尿病患者さんが日々血糖値や食事内容、運動、服用した薬の種類などの情報を記録し、医療機関と共有するための大切な記録になります。
他にも、手帳には治療や予防に関する情報が記載されているため、血糖値の数値目標などの参考にもなります。
医科や薬局だけでなく、歯科医院でも糖尿病連携手帳持ってきていただくことで、糖尿病の詳しい情報を把握しやすく、円滑な歯科治療を受けることも可能です。
糖尿病連携手帳は糖尿病治療を受けている病院で配布されていることが多いため、相談していただくことをおすすめします。
まとめ(歯周病と糖尿病)
このように糖尿病と歯周病は、糖尿病→歯周病だけではなく、歯周病→糖尿病どちらも相互関係があります。
ここで大切なことは医科と歯科での連携したケアです。
歯周病の適切な治療を歯科医院で受け、医科では糖尿病の病態を落ち着かせることで、糖尿病と歯周病双方の状態も落ち着く可能性もあります。
歯周病の治療は、まずブラッシング指導などのホームケアからスタートし、医科との連携を確保した上で、歯石除去や歯周外科をする場合があります。
他にも糖尿病の方が歯科医院に来る予約時間帯として朝食後や昼食後をご提案しています。これは、歯科治療では血糖値が大きく変動することがあるため、空腹の時に治療で起こりやすい低血糖による重大な事故を回避するためです。
このように歯周病と糖尿病には深い関係があるため、当院受診の際には、糖尿病手帳とお薬手帳をお持ちの方はお出しいただき、糖尿病の状況をお伝えいただくようお願い致します。
この記事を書いた人
医療法人社団 統慧会 かわべ歯科 理事長 川邉滋次
参考文献
1. 厚生労働省. 平成28年歯科疾患実態調査-表21 4mm以上歯周ポケットを有する者の割合の年次推移. 2017.
2. Nelson, Robert G., et al. "Periodontal disease and NIDDM in Pima Indians." Diabetes care 13.8 (1990): 836-840.
3. Ziukaite, Laura, Dagmar E. Slot, and Fridus A. Van der Weijden. "Prevalence of diabetes mellitus in people clinically diagnosed with periodontitis: a systematic review and meta‐analysis of epidemiologic studies." Journal of clinical periodontology 45.6 (2018): 650-662.
4. Munenaga Y, et al: Improvement of glycated hemoglobin in Japanese subjects with type 2 diabetes by resolution of periodontal inflammation using adjunct topical antibiotics: results from the Hiroshima Study. Diabetes Res Clin Pract 100: 53-60, 2013.
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